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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)10327号 判決 1958年7月25日

原告

右代表者法務大臣

愛知撥一

右指定代理人

望月伝次郎

赤沼留吉

本橋孝雄

東京都中央区銀座東参丁目四番地

紙パルプ会館内

被告

株式会社 英楽

右代表取締役

石川憲明

右訴訟代理人弁護士

高井忠夫

右当事者間の昭和三十一年(ワ)第一〇三二七号賃料債権取立代位請求事件につき当裁判所は次のように判決する。

主文

被告は原告に対し金百六十万円及びこれに対する昭和三十一年十二月二十日より右完済に至るまで年五分の割合による金額の支払をせよ。原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分しその一を被告の負担としその余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告に於て金三十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として、被告は原告に対し金五百六十万円および之に対する昭和三十一年十二月二十日より右完済に至るまで年五分の割合による金額の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、

請求原因として原告国(所轄庁品川税務署)は訴外滞納者東京都品川区五反田一丁目二七八番地株式会社ニユー航海(以下滞納者と称する)に対し、昭和三十年十月六日現在において同年度の法人税外四十一件総額金八百四十三万三千三百二十六円に達する滞納税金債権を有し、これが納付につき督促を重ねたが滞納者はこれが納入をしない。ところが他方滞納者と被告との間においては、滞納者が賃貸人となつて昭和三十年十月五日東京法務局所属公証人中島民治作成にかかる昭和三十年第一三七号建物及び動産等賃貸借契約公正証書に基いて、滞納者はその所有にかかる建物及び動産を、期間は同月一日より昭和三十五年八月十五日まで賃料一カ月金四十万円の割合により毎月末日限りその月分を賃貸人たる滞納者方に持参支払う約のもとに賃貸した。右約旨に基いて滞納者は被告に対し同被告から昭和三十年十月以降毎月末日限り金四十万円宛の支払を受け得る賃料債権を取得したのである。

そこで品川税務署長は滞納税金徴収のため、昭和三十年十月六日国税徴収法第二十三条の一、及び同法施行細則第十条に則り前記昭和三十年十月一日以降毎月金四十万円の割合による既経過賃料債権の合算額にして前記滞納税金額八百四十三万三千三百二十六円に充つるまでの賃料債権を差し押え、同差押についてはその旨を記載した債権差押通知書を被告に、他方滞納者には差押調書をそれぞれ発送したところ、これらの書類は翌日いずれも名宛人に送達された。右債権差押により原告国が滞納者に代位して被告から取立をなし得る金員は、昭和三十年十月一日以降既経過分の一カ月金四十万円宛の割合による金員の合計額と各支払期翌日の日より完納に至るまでの金四十万円に対する年五分の割合による法定遅延損害金を合計した総額となるのである。そして同取立債権については、既経過分につき被告に対し支払方しばしば請求したが被告はその支払をしないで、原告は右債権のうち昭和三十年十月一日以降同昭和三十一年十一月三十日まで一カ月金四十万円の割合による金五百六十万円及びこれに対する支払命令送達の翌日である昭和三十一年十二月二十日以降完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求めると陳べ、被告の抗弁事実を否認し、

立証として甲第一乃至五号証を提出し、証人広瀬博、野上克夫の証言を援用し、乙号証は不知と陳べた。

被告は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、被告と滞納者との間に原告主張のような公正証書の作成のあつたこと、債権差押通知の到達したことは認めるが、その他は争う。被告と滞納者間の賃貸借契約が成立したのは昭和三十年九月二十八日で、同日附の契約を公正証書に明確にしたもので、右契約には最初の三カ月を試験期間とし、三カ月合計百万円以上の純利がないときは、一カ月の猶予をもつて契約を解除することができる条項があつたところ滞納者には意外に多額の負債があり、純利どころか毎月赤字続きで、被告は昭和三十一年一月十一日明細なる計算書を附して約旨に従い解約する旨通告したが滞納者は被告から差入れた保証金九百九十二万四千円を返還しないため、被告は止むなく右保証金の返還を受けるまで本件建物を留置しているのであつて、原告が差押した賃料債権は未だ発生しない中に差押となつたもので、然も賃貸借契約は解除となつたものだから結局不存在の債権を差押えたのであるから、原告の請求は失当であると陳べ、立証として乙第一、二号証を提出し、証人高槻勇、橋本林次郎の証言、被告代表者石川憲明の尋問の結果を採用し、甲号証の成立を認めた。

理由

原告主張のように滞納者と被告との間に建物及び動産についての賃貸借が成立し、公正証書を作成したこと、原告が国税徴収法に基きその賃料債権を差押えたことは当事者間に争がない。たゞ被告は右賃料債権は結局発生しなかつたのであるから被告に支払義務がないと主張するので判断する。成立に争のない甲第一乃至五号証、証人橋本林次郎被告代表者石川憲明の供述と右供述により真正に成立したと見るべき乙第一、二号証によれば訴外橋本林次郎は株式会社ニュー航海の名義で喫茶店キャバレーを経営して来たが、営業成績が良くないので、租税の滞納が増加し所有建物の一部を売却して納税に充てたが、他の物件は売却できず昭和三十年九月二十八日被告に営業用の建物及び動産を賃貸することになつたが、被告もそのような経営をなしたことがないので、賃借するも同年十月より三カ月間は試験期間としてその間に百万円以上の純益がないことは一カ月の猶予期間を以て賃貸借契約を解除できる特約をなして経営したが、三カ月間の純益は僅かに六十二万二千八百七十五円に過ぎず、経営して行けないので昭和三十一年一月十一日に同月限り契約の解除をなしたこと、被告は敷金として、九百九十二万四千円を滞納者に支払つてあるので、その返還を求めたが同人にその支払ができないので、留置権があるとの前提の下にそのまゝ使用を継続していることを認めることができる。成立に争のない第四甲号証によれば、昭和三十年十月九日被告は税務署長に対し公正証書の通り支払をなすべき旨誓約しているが、これは被告と滞納者との契約に基いて公正証書の通り賃料を支払うことを約したものと見るべきだから、右記載あるを以て前認定の妨げとなるものでない。証人野上克夫、広瀬博の証言によるも同様右認定を左右できない。

而して賃貸借契約の解除はその債務不履行による場合でも賃貸借契約が継続的な法律関係を目的としているため将来に向つてのみ契約関係を終了させれば足りるのであつて、遡及的に契約関係がなかつたものとするのは無用に法律関係を複雑にするだけであるので将来に向つてのみ効力を生ずるものと解すべきである。然して本件に於ては試験期間中は賃料を支払わないで使用できる約旨であつたと見るべき事情もないから、右試験期間とは解約についての考慮期間を設けたに過ぎないものと解すべきである。また国税徴収法第二十三条の一により差押の通知があり差押の効力が生じたのであるから、仮にその後被告が滞納者に賃料の支払をしても(支払をなしたとの証拠もないが)その支払を以て原告に対抗できないものである。よつて右昭和三十年十月より同三十一年一月迄の賃料百六十万円とこれに対する支払命令送達の翌日たること記録に明かな昭和三十一年十二月二十日より右完済に至るまで年五分の損害金の支払を求める限度内に於ける原告の請求を理由あるものとし、その余の請求を排斥し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第九十六条を適用し主文のように判決する。

(裁判官 真田顕一)

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